奇跡を信じて・・・膵臓癌ステージ4b

ずっと幸せに暮らしてきて何も大病が無かった4人家族。父が定年過ぎて再雇用でローン返済のため働いていた3年目に膵臓癌発覚。できるだけ長く生きてほしい、生存率5%の不可能に挑戦。

転職

親が亡くなる前から、毎日貴重な時間をサラリーマンとして無駄にしてるなと、ずっと思っていた。

毎日こんな生活して、少しずつお金を貯めて、気付いたときには歳を取って、病気が発覚して結局何もできずに人生を終える…
親の病気はほんとに自分の人生を変えたというか、改めてそんなに時間は残されてないことを知った。

確かに転職前の会社は自由で部署で一番仕事もできて、その会社の隅々まで知り付くし、片手間で仕事は簡単にこなせていた。
給与も破格の金額を自分だけ貰っていた。

そんな何の問題も無い順調な生活を何故壊して非常にリスクのある転職をしたのか、
背景や目的、戦略についてこれから連載しようと思う。
そして順不同で今の勤務について実情を説明していく。

あまり記事を書く気力がない。

(これは現在2018年10月4日の心境です)

 

父親が亡くなってから、いや膵臓癌になってから自分の人生観は変わったし、

家族もみんな人生観が変わったと言っていた。

亡くなってからは、本当にやる気が出ないし、奇跡が起こらないことも分かったし、

無力感と、人生に関する虚無感で、そして何を言っても本当の苦しみは本人や家族にしか分らないこと。

父親はいずれ誰からも生きていた証拠を忘れられてしまうのか。。と。

 

65年間も生きてきて、最後は必死に戦ったのに、この結果は残酷すぎる。

 

父親が本当に死ぬとは思わなかった。今でも実感がない。

ただ2か月も経つと・・・居ないのが普通になりつつあり・・・それが嫌だ。

父親と一緒に見たTVや映画など。。

思い出すだけで辛い。

 

父の死の2か月前から・・・

この日記は2018年6月に書いたものです。

 

2018年6月初旬

3人でリビングで集まって父方の祖父母の命日の話をしていた(命日6月12日)
その時に父親が「俺の命日は8月かな」とぼそっと言った。
何と無くそのあたりになると予想はできるが、本人もそこら辺は認識してるようだ。
抗がん剤が効かなくなって、治療を止める選択に迫られている。
本人も口数が大幅に減って、気力が無くなってるように思える。

 

2018年6月29日

とうとう腹水がたまってるとの診断がされた。
抗がん剤を止めると10日~2週間で亡くなるという新聞記事が多く、急速に進むのかと母親と自分で話していた。
でも父親の場合は進行が遅いのか、6月初旬から抗がん剤をやめているが、1か月近くまだ歩けてほんの少し食べられる状態だ。
父親は「抗がん剤はやめる。静かに逝きたい」という考えになったようで、本当に鬱状態になってしまった。
これまでは闘っていたが、もう選択肢がなく奇跡も起きないことが分かったためだ。。
何かやりたいことや思い出ビデオを見なくてよいかと母親に聞いたが逆効果とのこと。。

 

2018年7月1日

日曜日の夜遅く、父親がずっと下血と吐血をしていたことを本人が打ち明けた。

そしてそれが止まらなくなったことから、
気分が悪くなり救急車を呼ぶことになった。一歩遅かったらアウトだった。
初めての急変で本人も「こんなに早くなるとは思わなかった」と。
このときはW杯の試合中で忘れもしない。ほんとにこれでお別れかと思った。
次の日会社を休んだ。

8月10日・・・葬式

(これは8月10日に書いた日記です)

今日は葬式だった。本当にまだ実感がない。あの人がほんとに死んだのか?いまだに「○○(自分の名前)!」って呼んできそうである。
部屋にいると「○○、インターネットできないんだけど」とか、夜2階リビングに来て「おお○○居たのか」など。

祖父母の認知症と違い父親は最後まで頭が鮮明で死にたくないと生きようと必死だった。本当に無念だと思う。そして悔しい。
最後に死にたいと言っていたのはもう100%可能性が無くあとは苦しみが続くだけだからだ。
葬儀は家族葬で数人なのにほんとに豪華だった。嫁は昨日納棺で来たがそれまで他人みたいな素ぶりだったのが実物遺体を見ると一気に泣き出した。
俺もそうだ。もう死んだほうが楽なのでは?と計算上で実際を見ずに答えていたが、実際見るとそんなことは言えないし悲しくなる。
お見舞いに行ってた時もそうだ。だから意図的に自分はあまり会いたくなかった。。でも頻繁に会いに行った。苦しいけど、会わなければ後悔する。
ほんとにあと1回でもいいから死んだあとのことを話してほしい。葬式はこれでよいのか?最後はどうだったのか。。
今までここまで身近な人が亡くなったことが無いので、人生が本当に寂しいし孤独をさらに感じるし、普通の人生を送れなくなった。
今まであの人が主体となってやっていた葬式。。今もあの人に「全部自分でやって」と言いたくなる。。まだ頼っていたのだ。。
色んなことをまだ教えてもらってないし、これから相談したいこともあったのに。。

一番父親が無念だが、残された家族も喪失感がすごい。
俺にはもう父親が居ないんだ。。頼りたいとき、いつも裏方でやってくれたけど、もうそれも頼れない。。
葬式で悲しかったのは「火葬前の最後の顔と面会(嫁は声を出して泣いた)」「ナレーションで出会ったころから今までの話をした時」
特にみんなで最後に食べた食事。。あの人が食べたかっただろうな・・・と言うものが沢山入っていて・・・居てもたっても居られなかった。
父親用に1つお弁当も用意したのに・・・父親は食べられないんだ・・・と実感して・・・最後にみんなでそれを分け合って食べた時も辛かった。
何度も天国から見てるのであれば何か合図をしやすいようにしてるのに一向に何も無い。
怒るようなこと、何かコメントしたくなる話などを振っても何も反応がない。。
父親が死んだということが未だに実感がない。長期で旅行で不在にしてるような感じで。。

8月8日・・・父は逝きました。

(8月8日当日に書いた日記です)

今日、1年2か月の壮絶な闘病生活を頑張ってきた父親が亡くなった。
AM6:00 嫁が夜勤だったことから3階に寝ていたが(癌になってから嫁と親が同居)、AM6時ちょうどに母から起こされ、「お父さん亡くなったって」と。
まさか・・・間に合わなかった。。早すぎるという感情を胸に急いで支度する。
母から「息がおかしいって」と。亡くなったんじゃないの?と聞くがそこら辺はパニックでよく分からず。


AM6:20 慌てていたので車で道を間違えたり、スピードも遅く(40km)進み病院に到着。
病室に入るが・・・一歩遅く看護師から「たった今息を引き取りました」と。。。
父の変わり果てた姿・・・半目を開いて口も大きく開けて苦しそうな姿だったが、看護師は「最後は眠るように逝きました」と。

母親に即されまだ温かいときに何十年ぶりかに父親のおでこを触った。。


その後看護師から経緯を聞く。
AM4:00 水が欲しいといわれて水をコップ2杯も飲む。(それが致命傷?)
その際に「まだ逝かないのか、なかなか逝かないものだねー」と繰り返してたという。2日前から本当に「早く死にたい」と言っていたらしい。
看護師がずっと付添で「そんなこと言わないで。奥さんが悲しむ」と言ってたそう。
到着して触った時にはまだ温かさもあり、急速に冷たくなっていったことから死後10分以内だったんだと思う。
変わり果てた姿は本当に魂が抜けたような抜け殻のような姿になっていた。
その後ベッドごと葬儀社に移動する。
看護師一同、お辞儀をして見送ってくれた。ほんとうに厳粛な感じだった。
何かある度に「父親(あの人と呼んでいた)はこれを見てなんて思うんだろうな」と。
まさか今日だと思わず週末までもつものと思っていたので、本当に少し後悔はある。もう少し何かしてあげられなかったのか。
もう少し早く到着していれば・・・
最後は誰も見ていないところで苦しんだのか。。何か最後に言いたいことはなかったのか。。
最後に言いたいことや最後に会いたいってことは本人が拒絶していた。こんな姿見られたくない、もう言い残したことはないと。
最後の面会になるかもしれないと、8月4日と5日に病院に行った。
8月4日は嫁と俺で。嫁はここで最後だったが父はまだ元気だった。
8月5日は俺と母だけで行ったが、俺はこれが最後だと感じていた。なのでここで父と最期の会話と握手をした。
これまで握手なんて求めない父が握手を求めた。最初の1回目は手を挙げたので握手したいのか・・・と思っていたが、
父はしゃべれなかったのか言いにくかったのか、自分は分からず無視してしまった。
2回目にまた握手を求めたので母が「握手だって」と言ってくれて握手することができた。
母がそう言ってくれなければ本当に自分は後悔だった。
この握手のあと父は諦めたように急速に弱っていった。

 

このあと、時系列はめちゃくちゃになるが、当時のことをアップしていきたい。

ナイトプール

膵臓癌の方は現在「FOLFIRINOX療法(フォルフィリノックス). 」3クール目である。いまのところ強い副作用もなく順調にみえる。

 

今日の話題は打って変わって、最近インスタで話題の「ナイトプール」について。

 

ブログ主は3年前に一度生活にメリハリをつけるため勤務地すぐ傍の「京王プラザ」のナイトプールに行きました。

平日夜でも2000円程度したような記憶があるが、今では人気の高まりでかなり高くなっている様子。

元々セレブやお金持ち、エリートやお洒落な人達が高額な料金を払わなければ入れないナイトプールだったが、今では庶民でも写真を撮るための「体験の道具」に使われているのが悲しい。

ナイトプールに行けば、選ばれた人たちの優雅な時間。。そういうのが失われ、

「騒ぐ場所」「外国人観光客」など、単なる「体験してみる、見てみる」程度の一過性で賑わっていることに戸惑う。

 

そしてナイトプールに注目がいくのが「今さら」感が半端ないですね。

それでも日本は格安で落ち着いて泳げる「公営」のナイトプールもあるので、

普段行くとしたらそっちかなーとは思う。

ブームが去ってもナイトプールの解放感や雰囲気が好きな当方は、引き続き細々と行くつもりだ。

延命効果の高い方法

ネットで膵臓癌を連日2時間以上調べているが、今日こんなBlogでの生の声を発見した。

92歳でも元気な癌患者!: 膵臓癌と共に30年生きる

「動注化学療法」で癌を切除せずとも局所的に抗がん剤を注入することで、かなりの効果が実証されているとのこと。

リザーバー研究会|動注化学療法

ただしこれには転移がないか、抗がん剤などで転移を抑えてから(つまり手術ができる状態)が前提である。

 

また、転移した場合の現在最善の方法としては、以下のBlogに記載のある、

フォルフィリノックス FORFILINOX 療法がGEM単体よりも延命効果があることが、

明らかになりつつある。ただし副作用が強いのがデメリットで継続できるかが勝負であろう。

抗がん剤 フォルフィリノックスの副作用1: 膵臓癌と共に30年生きる

 

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ちなみに6月10日(土)、埼玉奥秩父三峰神社にお参り、ご祈願をしてきた。

自分が(金運だが・・・)上昇した実績があるので、今こそ三峰神社の力を借りたいと思い、参拝してきた。

これにより、週明け月曜の最終検査結果が少しでも良い方向に変わることを祈る。。